昭和四十四年二月二日 朝の御理解

X 御神訓一、陰とひなたの心を持つなよ


  ただ今の御祈念中私は「おかげは続いている。」ということをいただきました。おかげは続いておるということであろうかと思って教典を開かせて頂きましたら御神訓の中に「陰と日向の心をもつなよ」と信心の心得の中に「陰と日向の心をもつなよ」と頂きました。
  おかげと言うものはどこどこまでもずうっと続いておるものだ。
 お願いをしたからこれだけのおかげをやったからもう後は又願いに来なければやらんと言うようなのではなくてね、もちろんお願いに来ると言うその信心のけいこは続けられなければなりませんけれども、おかげと言うものは、ちょっとその神様が次ぎから次と準備しておって下さると言うことです。
だからそう言う神様のおかげを私共の為に準備しておって下さる。
ですからそれをそんなら受け止める為には「陰と日向の心を持つなよ」と言うことだと今私は思わせていただきます。
これはもう椛目時代、昔田主丸からお魚やさんが熱心にお参りして来よりました。
行商をしております。
ところがだんだんおかげを頂いてその店を持ちたいと言う、最近はなかなか頃合いの手頃の家がまあ見つからないからお願いに来た。
そこでそのお取り次ぎをさせて頂きましたら、おかげで家が見つかった。
ところがやっぱり相当扱わなければならない店にする為にはちょっとお金がいるという、お金のお繰り合わせを願わせて頂いたらまあ丁度お金をその開業させてもらうという店をきれいにするだけのお金のお繰り合わせを頂く。
今まではさあ、ずうっとお得意さんお得意さんを回って行商して回っておりましたからね、もし売れん時には又新に村へも町へにも行けたんですけれども、店を構えるからにはそんなわけにはいきません。
それで又お店のいいのをお繰り合わせをお願いするというお届けがありました時に頂きました。
御理解を頂いた時に思い出させて頂いた折りに、あんなことがあったなと神様はたとえば魚屋を始めたい家が無いから家のお繰り合わせを願うたら家のお繰り合わせを頂いた。
もう氏子が家のことを願うたなら家のことをおかげをやったから後のことは知らんというような神様ではない。
家のお繰り合わせを頂く、願うても願うても家のお繰り合わせが頂けんとするならまだまだ開店するのには早いということでしょうけれども、開店する為にお客のお繰り合わせを願わせて頂いておったら頃合いの家が見つかった。
そんならそこを改造するお金もちゃんと神様がもう工面して下さってくださるんだ。
ここに開店ができた。
これにはちゃんとお得意さんはもう神様がつけておってくださるんだ。
後の事は心配いらん、そのことを信じてまあおかげ頂きなさい。
それから繁盛しておるということでそれから信心をあることで止めましたけれどもね。
そんなことを頂いたことがあるんです。
確かにそうだと思います。
お前は家だけしかお願いしておらんではないか、後の金のこともお願いしておらんからわしゃ知らんぞというのではない。
そこが親神様である。
願うても願うてもおかげが頂けんとするならば、いうなら神様がまあだ待てお金の方もいろうがお得意さんの方もいろうが、後の立ち行きのことの為にはもうしばらく時期を待てと言って下さってあるのであるとさとらなければならないようにです、お願いをした。
家のおがげを頂いたなら改造費だってそれからその店の資金だって後のいわば何と言うですかね、後の資金のことからお得意さんのことまでちゃんと神様は工面しおって下さるんだ。
ただこっちが受け止めなければならない。
その受け止める為にいうならそのおかげはもうちゃんと準備が出来ておる。
そのおかげを頂き止める為にです。
まあいろいろと何事にも信心になれよと教えられる。
沢山の御教えがございますから、御教えを行じると言うことによっておかげを頂く訳でございますけれども、例えばこれ一つ取り組んでも綿々としたおかげというか、続いたおかげが頂けると言うことを今日は頂いたのだと思います。
「陰と日向の心を持つなよ」私共が陰と日向の心を持つところに折角の続いておるおかげをこちらから遠慮するようなもの、こちらからプッツリ切るようなことをして又一生懸命お願いせんならんと言うようなことになる。
なかなかこれは一般でも申しますように陰日向の無いような人だと、人が見ておろうが見ておるまいがあの人ばかりは感心だと。
昨日私 浪花節に行きましたら聞きに行きましたらそんなのがやっぱり講談とか浪花節の材料というか筋を聞かせて頂いたんです。
一つは大阪の稲川という角力取りが江戸へ出て参ります。
強いこと強いこともう大変に強いんですけれども、あんまり強いもんですから面見苦しかというふうで江戸っ子の気分に合わない。
江戸っ子はそのただ勝っても負けてもいい。
そのひいき、人気がよい、ですか負けっぷりがいいと言うような角力が人気がある。
あんまり強いから面見苦しいと言うようなことがです、もう土俵にあがるとその正面からかかる声は「お前のような角力は早う大阪に帰れ」と言ったようなことで悲観してしまう。
だからもう明日でしたか明日の千秋楽に角力を取ったら折角江戸に出て来たけれども又大阪に帰らうと男泣きにそのそれこそ血の涙を流して両国橋の橋の上でそのしみじみそのことを悲観しておるところにです。
ね、いろいろのことがあったのですがその中に橋の所で菰を被って寝ておった乞食がその角力にひいき言葉をかけると言うお芝居の筋でした。
ですからそのおんぼろ乞食の乞食姿にたいしてです。
とに角厚くお礼を言って、用があったらそのまた自分は何処何処の宿に泊まっているから来てくれと喜んで帰る。
その姿を橋のたもとでじっと見て居った男があった。
そしてそのお菰さんのおんぼろの着物を借りて明くる日その稲川の所へ尋ねて行く。
ところが、とにかくその宿の亭主がびっくりする様な、鼻をつまみたい様な乞食がやって来ておる、それでもそれを稲川が客間にあげて上座に据えてそのひいきに対してそのいんぎんな態度で接したと。
時にその人がですね、かぶつているほほかぶりを取りおんぼろの着物を脱いだところがそれは誰あろうその時の火消しの人気男であります新門龍五郎であった。
それからそれを言うわけです。
新門龍五郎が大変なひいきをして沢山の子分達を又自分の知っておる者に沢山な花の千両箱を一つお酒を何丁、米を何俵と、明くる日は車力に積ませてですねその稲川の最後の千秋楽のそれを飾ったと言う様な筋のことでした。
ね。
ほんとにこれはいわば講談や浪花節ではない、やはり私はほんとにそれがほんとにそれが出来なければ駄目だと思う。
信心しておるならば例えば人を軽う見なと言うたことでもさうなんです。
人間の値打ちと言うものは形やなりで決まるもんじゃない。
ですから私共はどうしてもそこにまあ立派な風をしてござれば立派な人に思え粗末な風をしておれば粗末な人に思えるのですけれども、そこが人情ですけれどもそういう人程一つ大事にしようというくらいな精進が必要では無いで使用かね。
人が相手にしないような人の上にこそ私はそれを大事にしていく。
もう一つあった。
それは田舎から越後から何というかね吉野屋と言う遊郭に米つき男として雇われて来た。
もうこれがもう大変な堅物でもう忠実なんです。
それをその米をつきながらこぼれた米を一つ一つ拾うから他の同輩がそげなことしておったら大将のこけんにかかわる。
使用人に拾い米をさせておったようなことではいけないというわけなんです。
その米つき男の言う、言うことにはです。
米のことは、他のことは先輩のお前の言うことを聞くけれども、このことだけは私の方が先輩だ自分が実際に百姓して米を作って来て居る。
米というのはなおせば八十八と言う、その字になるように百姓のいわば血と油があれにはこもっておる。
一粒大事にしてそれが二粒になり二粒が四粒になる、十年するとこれがこれ位になると計算してみせる。
それからそれのことを皆んなが一粒万倍と言うてしこなをつけるようになった。
それで一粒万倍と皆が言うから主人がたまがって妙な名前があるもんだとなというわけなんです。
それにはこんなわけがあるということを主人が聞いてです。
それは感心な男ぢゃないか一ぺん会って見ろうと言うことになる。
中々その真面目である。
そこでその本当のものかどうかと試して見ょうと言ってある日、米つきうすの中に二枚の小判を入れておつた。
とこるが二枚の小判を主人のところに持って来てです、「これはおそらくどこかの百姓が米を俵につめる時に入れておったものに違いないから、どっか尋ねて返してくれとその手数のいる手数料は自分が払うからと言って主人の所へ持って来る。
いよいよ感心した主人がですね、その男を引き立ててもう三年足らずの間にその大番頭に仕上げたというその話なんです。
ほんとにそのへんのところですね、人を大事にしなければいけませんですよね。
それはですね、その小判を猫ばばでもすりゃ、もうこれは首にしようと思っておったこれはほんなもんじゃなかった偽物ぢゃったということになるのですけれども、根が正直なのですからそれが出来た。
いわゆる陰もなかった日向もなかったということです。
先日久留米の佐田さんがお夢の中でお知らせを頂いておられる。
買い物に行ったところが二百円お金が落ちておった、これは神ながらなものだとして頂くということはおかげだということである。
しかし金光様の信心は大きいですね、いちいち警察に持っていかにゃならんとは言って居られない。
夢の中ではそれはおかけだ身についたものであるからおかげだと。
けれどもそれを届ければ徳になると言うことである。
それを届ければ徳になる。
だからねそれは人間の世界には例えば猫ばばをきめ込めばどうということがあろうけれどもです。
神様の世界にはそんなこっちやない、もう落としたものは落としたものの運命としてそれからはなれておるものそれを拾ったものが身についたもの、だからまあそれは私は、私が言うたものと皆さんが言うてもらってはいけませんです。
拾うたもんだけ自分のもんじゃけおかげですと金光様の先生が言いなさったと言うなことをいうたらいかんけんね。
まあ自分のものにしとかないけん、それはおかげです。
けれどもねそれを届ける気になれば徳になる。
「陰と日向の心を持つなよ」こうすることが本当だと分からせて頂いたらこれを人が見ておろうが見ておるまいが聞いておろうが聞いておるまいが、結局信心とは神様が見ておいでの世界聞いておいでの世界にただ忠実に生きぬくことが信心だと。
そういう意味合いにおいてですねいわば陰と日向の心をその陰と日向の心をそういうことに人を軽う見らないいつも心を精進させて頂くと言う信心がです、神様のおかげというものはもう続いておるのだと 。
家のお繰り合わせを頂いたから頂いたお繰り合わせをやったから後は知らんと言うような神様ぢゃない。
例えばここでも今あの北野の関さんね関さんなんか皆さん御承知の様にまあ大変にやっぱな信心をなさいます。
御神意を頂いて御普請のことがあったんですけれども、神様は御許し下さったけれども実を言うたら踏ん切りがつかなかったんです。
神様は御許し下さったんのだけれどもどんなに考えても今の関に家が建つとは思えないからそのことを非常に迷われた。
あの家を売ってどっか町の方へ出ろうか、ただ改造ぐらいにしておこうか、けども神様は新しく立てる様にと言う事であった。
しかもでけるならこれこれこんな風にと私はいっていないけれども、先日若先生が行ってからたまがった。
そのお店が出来ておる、それこそ親子三人、四人ではもったいない様に広い大きなうちであり二階にはお神様の広々としたお居間が出来下の方にはもういわゆる近代設備の整うたいわばパ-マやさんが出来ておる。
もうあとは御本部からお社を受けて宅祭りをするばっかりにおかげを頂いておる。
もう参って来られるたんびに言われることは 「信心も出来ませんのにどうして月々何十万づつこうやって払うていかんならんとかどうして出来るかわからん。
」昨日の晩もおそくに見えてから言われるんですよ。
「親子で月々どうしてこういうお繰り合わせがいただけれるだろうかと、信心も出来ませんのに」とそれこそ涙ながらにお礼を参った度に言われる。
明日がいくらいるとか何日にはいくらまとまったお金がいるとか、ちゃんとおかげのお繰り合わせを頂いている。
それこそ思い掛けぬところからお仕事の方のことを言うて来られる。
昨日ももうそれだった。
丁度その日に二十万余りのお金を用意せんならんのにパツトそれだけのお金が集まって来る。
ね、神様が お許しを下さったら実際なるほど銀行にもなからねば実際手元に金があるわけではないけれどもお繰り合わせを神様がちゃんと都合つけて下さる。
段取りが出来ているんだと、それをただ関さん達は親子の信心がそれを受け止めておられることだけのことなんだけれどこれは何処までまだ続くか、出来たらお客様の上にもすべての支払いの上にもちゃんと神様は段取りをつけてくださる。
もしそこできっちりぱっちり行かんことになったらと言うことならば関さんあんたの信心がちょっとおかしいぞと私は言わなきゃあならないことになる。
あんた陰と日向のあるようなことをしょりゃあせんかと言わなきゃあならんことになる。
陰もなからにゃ日向もない、いやしくも信心を頂いて教えを頂いておるものがその教えに忠実であると言うことによってそのおかげはそれも神様から許されてのことなのである。
それも先程酒屋さんの話をしたけれども、家が欲しい店が開きたいお繰り合わせを願ったら家が見っかった、これだから後は改造費でも店の資金でもお得意さんの事でもちゃあんと神様が準備をしておって下さる、それを受け止めて行くだけの信心。
度々願わんならんと言う事でもない。
なるほどお取り次ぎを頂いてお願いはします、けれどもそれは私共が陰と日向の心をいわゆる持たんと言うこと。
何事にも信心にならせて頂けれるおかげさえ頂けばです、あとはもう何処までも何処までも神様のおかげの御繕立てと言うものは出来ておる。
ですから私共は本気で陰と日向の心を持つなと言うこの御教え一つでも取り組んでささえおればよいと言うことが言えます。
おかげが続いておると言うもしその続いておるおかげがね切れたりつながったりするようであるならば、自分の信心の在り方と言うものの切れたりつながったりしておるというところを先づわからせてもらって本気でそこのところを精進させてもらわせて頂くと言うこと以外にないことがわかります。
ましてです、私共がそう言ういきかたいわゆる神様が見てお出での世界、聞いてお出での世界に生き抜くことが信心なりと言うふうに思い込んでおりませんと何処に出世のきっかけがです、何処に大きなおかげのお徳の受けられるきっかけがあるやらわからん。
それを取り逃がしてしまうのです。
浪花節のその筋ではありませんけれども、いくらひいきが無いからと言うても乞食からひいきしてもらってもどうこん出来んと言う風に若し稲川が取っておったなら新門龍五郎との巡り会いもなかったでしょう。
如何に堅物であると言うてもです。
例えばその時のちょっとした欲に迷うてたった二両のお金を自分のものにしておったら、そのままその店を首にならんければならなかったでしょう。
これはねほんとに講談や浪花節ではないです。
信心させて頂いておりますとほんとにそういうきっかけがあるですね。
それをあたら私共が信心にならない為にす-す-っとその本当のおかげの受けられるお徳の頂ける場を逃がしてしまうようなことがあっておるように思うのです。
しかもそれが日々のおかげを頂くと言うそのことにつながっておる。
おかげは降るようにあると申してある。
実を言うたらおかげというのは降るようにあっておる。
そこで私共が大地のような信心をさせてもらうてそれをかっちり受け止めさせてもらうて、それこそ水も漏らさぬ様な信心と言うですかね、それはいわゆる私の言う大地の様な信心とも言うねそういう信心をです、私共が身に付けさせて頂いて何処までも何処までも続いておるおかげを頂き続けさせて頂くおかげを頂きたい。
その頂き続けさせて頂く中にです。
時々これはお試しででもあらうかと言うところに出会うところを特に大事にさせてもらう。
特になら乞食に巡り会うようなことになっても、二両の小判をうすの中に入れられる様な事があった時とりわけそこのところを大事にしていく、いくところに私は本当の意味でのおかげとの出会いというもの、いわゆるお徳との出会いとでも申しましょうかね。
が。
果たせるわけなのです。
どうぞ一つ信心させて頂くならとりわけ陰と日向の心を持つなよとこうおっしゃるのですから、陰日向のない信心をさせて頂いておかげを頂きたいと思います。
それは限りないおかげに続かる為にもそれを自分のものにさせて頂きたいと思います。

 どうぞ